久保川流域の里地里山
立地
岩手県一関市南西部には、奥羽山脈須川岳(別称 栗駒山)の溶岩流が作り出した磐井丘陵帯が広がり、いくつもの小河川が流れています。
特に立石岳(標高440m)付近を水源とする北上水系磐井川の支流、久保川流域には全国的に失われつつある伝統的な里地里山の景観と、生物多様性が今もなお、各所に残されています。
ため池のある風景
久保川流域は磐井丘陵帯の厚い岩盤の上に形成されています。岩盤の上を薄く表土が覆うような、農業には困難な土地が広がっています。
また亀裂の多い岩盤は水持ちが悪く、用水路や大きなため池を作ることも困難でした。それに加えて年間降水量が1,600mm程度と少なく水田を営むには不向きな土地でした。現在見られる棚田が各地に作られるようになったのは技術が進んだ昭和に入ってからのことです。
水田の水は小さなため池を数多く作ることで確保しました。
その結果、600を越すため池が点在する独特なランドスケープが形成されました。棚田の最上部に位置するため池は化学肥料や農薬が流入することもなく、現在まで多様な水生生物の住みかとなっています。
周囲に広がるコナラやアカシデなどの落葉広葉樹林は、かつて薪炭林として利用されてきました。現在はシイタケ栽培などに活用され、ほだ木の確保や管理のための定期的な伐採が継続されています。伐採後は萌芽更新させて十数年後に再び活用するという伝統的な伐採更新が行われ、いわゆる雑木林が維持・管理されてきました。
水田や湿地、雑木林といった様々な環境がモザイク状に広がることにより生物多様性に富んだ環境がもたらされてきました。その環境は、日常の営みにより現在まで維持されてきたのです。
忍び寄る危機
豊かな自然と人の営みによって支えられた里地里山の生物多様性に富んだ久保川流域にも様々な危機が忍び寄りつつあります。
例えば、大規模な土地改変を伴うような事業や、農家の高齢化・後継者不足、減反政策に伴う水田の休耕や山林の管理放棄も最近になり目立ち始めました。しかし全国的な傾向にくらべれば、今のところこの地域での影響はそれほど大きくはありません。
一方、最も危惧され、速やかな対策を講じなければならないような重篤な危機が、この地域にも迫りつつあります。
それは侵略的外来生物の侵入です。
久保川イーハトーブ自然再生事業
外来種対策
久保川イーハトーブ自然再生事業では、地域の生物多様性保全上最も緊急性の高い問題として侵略的外来生物の対策が挙げられました。
侵略的外来生物はひとたび増加すると排除が困難、あるいは不可能になるばかりではなく、生態系を大きく改変してしまうため、侵入初期のなるべく早い段階で効果的な対策をおこなうことが重要とされています。久保川流域のため池にもウシガエル、オオクチバス、アメリカザリガニの侵入が確認されていましたが、どれも侵入の初期であったため、効果的な対策を早急に行うことが重要でした。
調査研究
久保川イーハトーブ自然再生協議会では事前の侵入状況調査を基に、自然再生実施計画を策定して排除活動を開始しました。例えばすでに拡散がみられるウシガエルでは、侵入の最前線にある場所や絶滅危惧種の生息地と隣接する場所を優先とするなど、状況に応じた戦略的かつ順応的な排除活動を実施しました。
また、異なるトラップによる捕獲効果の測定や有効的な設置方法など、より効果的で技術的なハードルの低い排除方法を検討するための試験研究、捕獲個体の測定や胃内容物の調査、排除効果のモニタリングなどのデータ蓄積も同時に行っています。
未来に残すために
保全と再生
活動には地域住民やNPOとの恊働のほか、都市住民との棚田歩きコースでの恊働や、都市・地域住民との恊働による林床管理の実施など、様々な主体との恊働によって守り伝える活動をしています。
また地域の小学生を対象とした観察会や自然環境学習をテーマとしたエコツーリズムなどを通じて、地域内外との交流を活性化することにより、様々な情報の交換や地域活性化につながる取り組みを広く実施しています。
『久保川イーハトーブ世界』の誕生
自然再生推進法の趣旨に則り、そこに残された生物多様性やそれを支える人の営みを適切に評価するとともに、生物多様性を脅かしいる要因については、保全生態学を基礎とした科学的なモニタリングと検討に基づき、丁寧に取り除くことで積極的に生物多様性を再生し、恵み豊かな里地里山の保全・再生を、地域や主体との恊働で継続的に活動しています。
そして久保川イーハトーブ自然再生事業では、この望ましい里地里山の久保川流域(支流栃倉川も含むの羽根橋から上流側、立石地区までの範)を『久保川イーハトーブ世界』と名付け、次世代に引き継ぐことを全体の目標として活動しています。